縦の糸、横の私


人はつながっている。


あるいは、つながるために
一定の場所に留まらないのかもしれない。

そして、別れるために出会う
たとえ不可抗力であろうと。



逃げても逃げても追ってくるものは、罪悪感を抱えている自分だけ。そこからは、どうあがいても逃れられない。そして、繋がっていると言うことは逃げられないって事でもある。世界に染まることのない存在であろうとも、いや、だからこそ、たった一人でも信頼し支えあう相手が居れば、人は幸せに生きてるのではないだろうか。世界の美しさと恐ろしさを感じられる痛作!!






施設での暮らしは、孤独と僻みでと恋しさに満ちていた。けれど、それは何も特別ではなく、ここに全ての子供たちと同じものだった。悲しみも共有するれば心地よい。

この子と周也は同じだった。信じたものからこっぴどく裏切られて来た。だから惹かれあった。二人は持っているものではなく、なくしたもので繋がっている。
今までは、それは自分と周也だと思っていた。だから周也のために現実を捨て、彼のためだけに生きようと決心してきた。しかし、こうして考えてみると、自分は捨てたのではなく、欲しいものを得るためではなかったのかと思えてくる。彼さえいてくれればいい。。そう思ったときから、もしかしたら自分は既にシュウヤを失っていたのかもしれない。

ふと、堂島はセミナーの会場で自分に向けられる様々な目を思い出した。信頼と陶酔とに満ちた目は、いつもどこか狂気走っている。堂島を信じることに躊躇はなく自我さえ捨てることをイトワナイ。信じるは、信じたいと同義語だ。ヤツラは信じているのではなく、信じたいのだ。その愚直さは時に愚かさでもある。

あの日は雨が降っていた。細かい霧のような雨だった。室内で遊ぶのに飽きて、施設の子供たちがかくれんぼを始めた。芳子も周也と一緒に混ざることにした。外に出て、周也と手をつないだまま隠れ場所を探した。施設の裏、物置の脇。咲き誇った八重山吹の花びらには、水滴がぴっしりついていて、折れそうなぐらい枝がしなっていた。そのハナの中に分け入り、ふたりでしゃがみこんだ。息を潜め、身体を寄せ合い、握り合う周也の手が小さい区、ひんやりと湿っていたことを今も良く覚えている。鬼が近づく足音に聞こえてしまうのではないかとハラハラするほど胸の鼓動が大きく鳴った。八重山吹と周也の幼い汗の匂いが混ざり合い、頭の芯がじんじん痺れるようで呼吸するのも苦しかった。いたたまれないような、狂おしいような、あの感覚は何と理解すればいいのだろう。幸福感か、それとも罪悪感か。しかし、芳子には、そのふたつは同じことのように思えた。

「ごめんよ、ねえさん。俺は行くよ。最後にねえさんと会いたかったけど、顔を見たらきっと甘えてしまう。だから俺、ひとりで行く」
「いやよ!」芳子は思わず声を上げた。
「ひとりでなんて、どうして言うの。私も行く、一緒に行くに決まっているじゃない」
「ねえさん…」周也にそれ以上言わせるつもりはなかった。
「いいの、周ちゃんはそこで待ってて、動いたらダメよ、絶対待ってて、すぐ行くから」

電話を切って、芳子は押入れからボストンバックを取り出した。この先に何が待っているか、それがわかっていても芳子を引き止める理由にはならない。周也が行くなら、自分も行く。答えは初めからひとつしかない。芳子はほんの数枚の着替えを慌ててバックに押し込むと玄関に向かった。靴を履いて振り返ったとたん、部屋の中がグラリと揺れて、目に映るものが歪んで見えた。やはりこれは夢の中なのだと、芳子は思った。自分たちは今もあのかくれんぼを続けている。八重山吹の中に身を潜め、鬼に見つからないよう、二人で身を寄せ合っている。シスターは言った。自分のものと呼べるものは何一つない、この身体でさえ神のものだと。でも周也は私のものだ。神様にだって渡しはしない。罰を与えるならそうすればいい。決して、誰にも渡さない。
外に出て、後ろ手でドアを閉じると、芳子は雨の中を、周也が待つ駅に向かって走り出した。





雨心中

雨心中